[王様の日]
「それじゃヘイゼル様の分も残しておくからね!」 そう云ったのは、出会った頃のヘイゼルと同じ程の子供。 「僕、寝ないで待ってるから!」 「おおきに」 戸口で見送る宿の子供に、ヘイゼルは微笑んだが。 「なして子供いうんは、ああ遠慮会釈ナイんやろな」 案の定、視界から外れた途端、眉間に皺でそう漏らした。 一般的に、自身も同類に属すのだとは、この子供は思っていない。 「降誕節やからて、あないはしゃがれるんは迷惑や」 鬱陶しい、と短くため息を吐くが。 あの子供が浮かれているのは、多分祝祭のせいだけではない。 自分に年近い者が、こんな大男を従え、大人たちに頼られ敬意を集め。 それに純朴な子供が憧れの目を向けるのは、当然だろう。 しかし当人は、そんな事には気付きそうもなく。 「ま、戻るのは夜も深ぅなってからやろし。その頃にはもう寝てはるやろ」 ヘイゼルはそう一人で結び、後は黙ったまま歩を進めた。 「エラい遅なりまして…」 実際に宿へ帰ったのは、思った以上に夜が更けてからで。 決して口にしはしないが、ヘイゼル自身も疲れきっていた。 小さな足を僅かに引きずりつつ、それでも。 「安心しやす、もうあの集落には1匹もモンスターおらんようなりましたから」 それでも宿の主人に微笑んでみせる。 「ありがとうございます、ヘイゼル様」 「コレがうちの役目どす。当然のコトやわ」 膝を折って感謝する男に、立ち上がるよう促して。 「何か温かいモンでも頼めますやろか?」 そう云えば、慌てて主人は奥へと下がっていった。 主人に少し遅れ、食堂へと移動すれば。 「ホンマに起きてたんやな」 そこにはテーブルに伏した子供の姿が。 傍らには、金色の紙で出来た冠と、一切れの焼き菓子と。 眠る子供を気遣ってか、少し離れてヘイゼルがテーブルに着く。 「残り物で申し訳ないですが……」 主人は湯気の立つカップと、祝い菓子だというそれを勧めた。 「そのパイ、中に空豆が入っていたら1日王様扱いされるんですよ」 「へぇ、そないなモンなんどすか」 同じ祝祭ながら、異なる他国の風習に、ヘイゼルが興味を示す。 「最後のそれに入ってるはずなんです」 云いながら、眠る息子を揺り起こす。 「ちょっ、起こさんでも…」 「いえ、コレがヘイゼル様に冠を被せるんだと聞きませんで」 慌てるヘイゼルに、男は苦笑して見せた。 「ヘイゼルさま、おかえりなさい〜」 目をこすりながら子供が身を起こした。 「へぇ戻りましたわ」 「早く中に入ってるか確かめてよ!」 カップに口を付けるヘイゼルを、子供が急かす様に云う。 実の所、甘い物はそう得意でないヘイゼルは、一瞬たじろぐが。 「ほな、いただきます」 辞退のしようもなく、さくりとフォークを入れ、口にする。 間近にある期待に満ちた眼差しに、僅かに居心地悪げにして。 「ねぇ、ない? ない?」 「せやなぁ」 滅多に見られない姿に、俺は密かに笑みを漏らし。 再び入れた切れ目から、小さな黄色い豆が現れた。 「あったー!」 我が事の様に、両手と歓声を上げて。 「……良かったなぁ」 嬉しげな子供が、すっかり毒気を抜かれたヘイゼルの横に立って。 「はいっ、ヘイゼル様が王様だよ!」 銀の髪の上に、金の輪が載せられる。 「おおきに」 ぼそりと短く云う頬は、薄赤く染まっていた。 「そういえば、うちもあないな時がありましたわ」 パイを食べる間離れなかった子供は、父親に連れられていき。 俺たちも与えられた部屋へ下がって。 「マスターが亡うなってから、プディングもミンスパイも食べてへんかったし」 遠くを見る眼差しでヘイゼルが呟いた。 寝台に座り、膝の上に紙の冠を載せて。 「甘ぅてかなわんかったけど、ま、たまにはえぇやろ」 ふっと、穏やかな淡い笑みを浮かべた。 と、視線を投げられ。 「……ガト。ちょぉ、ココへ座りなはれ」 呼ばれるまま、その足許に膝を付けば。 「アンタにも気分だけ味わわせたりますわ」 かさり、と頭に金の冠を与えられた。 「やっぱエラい似合わへんなぁ」 くつくつと笑いながら後ろへ倒れ込み。 笑い声が治まったと思えば、それはすぐに寝息に変わった。 ヘイゼルの服をくつろげ、足を手当てし、毛布をかけて。 さてこの冠は外していいものかと、俺は一晩悩まなければならなかった。 了
2005/01/06
ガレットデロワを食べたら書きたくなりました。 フランスの、公現祭の素朴なお菓子です。 クレームダマンド入りのパイ。 思い立ったが吉日な、無謀夢中の一晩書きです。 ちなみに翌朝王冠を載せたままのガトに、仔ヘイゼルは笑いの呼吸困難に陥ります。 2007/01/01追記 タイミング、逃して逃して2年後のUP(有り得ない)。 当時はちゃんと公現祭の何のってぇ、調べたと思うけど。 今となってはあんまり細かいコト覚えてなかったり。 まぁ、うん。こんな甘々なのも良い、よね? →小話top |