[忘れじの]


「好きなのか」
人が窓際で頬杖付いてくつろいどったら。
「いきなり何や?」
一瞬、誰を?と思わんでもなかったけど。
それこそガト以外、誰もおらんし。
「歌を」
あぁ。
何もしてへんつもりやったけど。
云われてみれば、確かに。
「お前が口にするのはその歌ばかりの様だから」
「そやったか」
組んでいた足を揃えながら、向き直れば。
扉の横で無表情がこっくり頷いて。
「余程気に入っているのかと」
好きか、と。
問われたら、むしろ。
嫌いや。
あないなモン、好きなはずあらしまへん。
せやけど。
「これは……」
思わず、ふつとため息が出る。
「これは、うちが最初に覚えた歌なんどす」
言葉より先にそのメロディを。
意味も判らず歌い始めたんは、すぐやったって。
せやから。
「中身はともかく、口馴染みはえぇんやろな」
実際、そないしょっちゅう歌ぅとったなんて気付かへんかったし。
「そうか」
居住まいを正すでもなく、腕を組んだまんまで。
いつも通りの短い返答は、いつも通り額面以上の意味はないのやろうけど。
「マスターが、歌ってくれはったんどす」
赤ん坊の面倒見るなんて、有り得へんお人やったのに。
ちゃんとした子守歌やのうて堪忍なぁ、て。
神を讃える歌なんぞ。
本当は、大っ嫌いやけど。
マスターは。
あぁ、も。
「こっち来なはれ」
膝を叩いて呼べば。
何も云わんと隣に立つのを、横目で見、ぽんとその胸を叩き。
「ヘイゼル?」
問う声を無視して、ことんと頭を寄せ目ぇを閉じて。
「固すぎやし、広すぎやし」
瞑ったまま、不満を漏らせば。
「すまない」
やっぱり、いつも通りの言葉。
せやね。
マスターとは、ちぃとも似てへん。
それでえぇ。
「アンタは子守歌知ってはる?」
長い沈黙の後。
夢か現か曖昧な中。
低いたどたどしいメロディが、聞こえた気ぃがした。








2005/07/23
ミュージックバトン・ヘイゼル編。
リロガンの、三蔵たちと出会う以前の二人で。
ちなみに問題の「歌」は皆様のご想像にお任せします。