[流感 リュウカン]


「しくじってもうたわ」
くわえた水銀計を睨み、掠れ声が呟く。
苛立ちをぶつけるよう、手首が荒く振られて。
当然、渡されたそれは、水銀も下がりきっていて。
こんな反応をするという事は、体温は決して低くないはずだが。
当人が把握しているなら、特段咎め立てる事でもない。
「あぁも、喉もかさついてかなわんし」
云って、不調を確認するよう喉元をさする。
「風邪だな」
「……そんなん言われんでも判るわ」
脱力した声で返された。

「取りあえず熱冷ましでも、」
水銀計と一緒に出しておいたそれを、勧めかければ。
「何ぞ冷やっこいモンが食べたい」
気の入らない声で、あらぬ方を向いて。
見た限り、症状はそう重そうでもなく。
ならば、構わないかと。
「例えば?」
投薬は諦め、軽口に付き合う。
「ソルベとかジェラートとか色々あるやろ?」
普段はそんな物、口にしないだろうに。
黙って見やれば、そんな考えが伝わったのか。
「しゃーないやん、うち病人やし。めっちゃあっついのん」
横目で睨むヘイゼルは、唇を尖らせて。
それは、愛らしい子供の風情で。
と、青い目が細められる。
「せやなぁ」
こちらへ向き直り、薄く笑み。
その表情に、次に何を云い出すか、見当が付いてしまった。
「脱ぎなはれ、ガト」
一言一句、予想に違わぬ言葉をヘイゼルは発した。

「考えてみたら、こないな時にアンタぴったりやわ」
一つ一つ、こちらが釦を外していくのを眺めながら。
熱で潤んだ目をして云う。
「早よぅ」
右手を伸べ、呼ばれるから。
上だけ脱いだ状態で頬に触れる。
「冷やっこぉ……」
うっとりと目を閉じ、呟く様口にする。
それに従い、首が反らされ。
喉元から、広く開いた胸元へと掌を滑らせれば。
「んっ…」
温度差にふるりと震え。
それが、秘事に似て。
誘われる様に口吻けた。
熱い口内と、焦点の合わない濡れた瞳と。
これが常通り、笑みを含んだモノならば。
触れる手に向けられるのが、悪戯じみた瞳であれば。
これ程煽られる事もないだろうに。
稀有な姿に、こちらの歯止めが利かなくなる。
伸べられた手を、捕らえて噛み締めて。
指先に手の甲に、赤い痕を乱れ散らせて。
その度に、甘く掠れた嬌声が上がる。
促しも遮りもせず、肢体は投げ出されたまま。
「あっつぅ…」
うわごとの様な、渇いた呟きに。
その背に手を差し入れ抱いて、宥めるよう口吻ければ。
「手ぇや口だけじゃ、足りひん」
透明な欲を告げられた。



「すまない」
あの後。
散々こちらを煽りねだって、果てて気を失って。
さすがに、途中で止めるべきだったと。
まず一言云えば。
「まぁえぇやろ、お陰さんで熱も下がったし」
当人はすっきりとした顔で起き上がり。
「無茶をするな」
アンタは生身なのだから、と釘を刺せば。
「今回はアンタのせいや」
くつり、と深く笑んで。
伸べられた手に掌を奪われる。
「うち、脱いでベッドに入れとしか言うてへんし」
捕らえた指先に頬を寄せ、口吻け、甘噛んで。
「やりまひょとは一言も」
こちらが何か返す前に、掌は放り出された。
確かに。
そう云われれば。
だがしかし。
それは日頃の行い、という気がしないでもないが。
「せやけど、ややなかったで?」
ふわりと笑んで見上げられれば。
「そうか」
それならそれで、構わないかと。
思う己も、ある意味病にかかっているのかもしれない。









2005/05/28
いかがでしたでしょうか、桐凪祐樹様。
看病、とは言い難い様な。
いちゃっぷりも、ぬるい様な。
何より、漫画版の二人で書いてるハズなのに、ボケツッコミ度が不足。
激しくお待たせした上に、どうにも不安要素の多い品ですが。
少しでも楽しんでいただけたらと願うばかりです。
リクエストありがとうございました。