[虜 トリコ]


「アンタ、したコトありますのん?」
ワインを満たしたグラスを弄び。
ヘイゼルが唐突に問うた。
上目遣いな瞳は酔いでとろりと濡れて。
透ける様に白いはずの肌は上気して淡く色付き。
殊に唇が、生々しく赤く。
それは扇情的と云える程の姿で。
何をとは聞くべくもなかった。
大切な、子供が。
「何てカオしてますのや」
くつと笑んで、グラスを置く。
かつん、と硬い音が静かな空間に響いた。
自分は常に、忠実な下僕で。
主であるこの子供の問いに、淀みなく応えるべき物で。
それが。
「なぁ?」
促す子供の、この声に。
近付く子供の、この所作に。
己に触れる子供の、この熱さに。
その手に引かれるまま身を屈めれば。
「出来ますのん、アンタ?」
囁く様云ったその唇が重ねられ。
元々乾いた口に、渇きを感じた。

「ホンマおとなしなぁ、アンタ」
くつくつと笑い、立ったまま俺を壁際に押し付け。
蕩けた視線に見つめられたまま、繊手に着衣を乱されて。
その指先は熱く。
「キレイなもんや」
露わにした俺の肌を眺めて。
滑らせる手は、触れるか触れないかの。
「あないに傷負うとるのに」
目線を落とし、癒し手自身が不満げに云った。
「何や憎らしなぁ」
するりと、触れていた手が肩に回され。
鎖骨に口吻けられ、きつく噛みつかれ。
痛みはなく、ただ表皮の裂ける感覚と唇の熱さが。
「血ぃも出ぇへんし」
ちろりと自ら作った傷を舐め、ヘイゼルが顔を上げた。
「何の味もせぇへん」
眉根を寄せ、笑みの形に口許を歪め。
何故、そんな顔をするのか。
そうさせているのは、俺なのか。
どうしたら、どうすればいい。
答えを探し、青い目を覗き込めば。
視線を逸らされ、肩の手が滑り落ち。
それは失意の表れの様で。
そのまま何処かへ消えていきそうで。
手放したくはと思った瞬間。
ぴたりと寄り添われ、胸に耳を当てられた。
頬も手の平も何もかもが熱い子供と。
挟まれたペンダントの冷たさに。
上げかけた腕を下ろした。
思わず抱こうとしていた腕を。
「何の音もせぇへん」
ほうと息を吐くのが、どれ程色めいても。
触れてしまいたくても。
「なして……」
ぴたりと閉じられた瞳。
睫毛が影を深くして、切なげに見えて。
今、止めた思いが。
今までに幾度となく感じた思いが。
常以上に不安定で儚い色の子供を。
もし、赦されるなら。
この腕でかき抱いてしまいたい。
それは誰より、己が許せない事。

「ガト」
吐息の様な声で。
身を離し見上げる顔には、もう酔いの気配はなく。
両の手を伸べられ、ふわりと首に抱きつかれ。
かかる重みに逆らわず、子供を乗せたまま床に腰を落とす。
「ガト」
再びの呼びかけは間近く。
抱けず何も云えず、ただ見下ろす子供を見つめるしかなく。
回された腕に、きつく甘く抱かれ。
頬をすり寄せる様に首筋に顔を伏せて。
「アンタ、ズルいわ」
表情を見せない子供の呟きはくぐもっていた。


子供が微かな寝息を立てるまで。
身じろぐ事すら出来ず。
ただ寝台に運ぶ為には抱き上げられる己は。
矛盾と判っても、それ以外に触れる術を持たなかった。








2004/11/23
いかがでしょうか、カラス様。
最後までさせてしまおうかと書き始めた品ですが、ガトは頑なでございました(苦笑)。
そんな経緯のせいか、かわいさに難点アリかと思われますが。
後日ヘイゼル視点の方もUPする事で補填させていただきたく。
まずはこちらをお楽しみくださればと思います。
リクエストありがとうございました。